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最高裁判所第一小法廷 昭和27年(オ)128号 判決

上告人 佐藤正徳

被上告人 平野三郎兵衛

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士米沢多助の上告理由第一点二の(一)及び三について。

しかしながら、いうところの表見相続人に対し特定の相続財産の承継取得の効力を争う場合であつても、相続の無効を理由とする限り一つの回復請求権の行使に外ならないから、真正の相続人が家督相続回復の手続によつて、これをなすは格別、第三者はその効力を争い得ないものと解するを相当とする。されば、右と同趣旨の見解の下に第三者である上告人は原判示栄治の表見相続人である被上告人三郎兵衛に対し、その相続の無効を主張して相続財産の一部である本件第一、二号不動産の承継取得の効力を争い得べきでないとの趣旨を判示した原判決の判断は正当と認める。それ故原判決には所論の違法はない。

第一点二の(二)及び四について。

しかしながら、本件不動産が上告人先代に贈与された事実を被上告会社代表者が知つていたとしてもそのことだけで被上告会社が登記の欠缺を主張し得る第三者でないとはいえない。民法一七七条は第三者の善意を要求してはいないのである。また、論旨は右会社代表者は訴外サタヱと通謀の上本件換価競売を申し立て自ら競買人となつたのであり、元来右両名は本件不動産を不法に奪取する目的で策動したものであり登記の欠缺を主張するが如きは信義誠実の原則に反するが故に法の保護する第三者と認むべきではないというが、原判決は右通謀の事実も不法奪取の目的も、ともになかつたものと認定しており、その認定に供された証拠によればそのような認定も首肯できないわけではないから、右所論は前提を欠き採用し得べき限りではない。要するに原判決には所論の違法はなく論旨は採用できない。

第一点二の(三)及び五について。

しかしながら、本件において上告人は被上告人三郎兵衛の相続の無効を理由として本件不動産の承継取得の効力を争い得ないことは前段説示のとおりであるから、上告人は右相続の前提である所論被上告人の身分関係をも争い得ない筋合であつて、従つて平野サタヱが右三郎兵衛の親権者としてなした所論限定承認及び競売の申立に基いてなされた本件不動産の所有権の移転が有効であるとした原判決究極の判断は正当といわざるを得ない。論旨は右と相容れない独自の見解は立脚するものであつて採るを得ない。

第一点二の(四)及び第二点について。

論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」所定の主張に該当しないから上告適法の理由とするを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

○昭和二七年(オ)第一二八号

〔上告人〕 佐藤正徳

〔被上告人〕 平野合資会社

外二名

上告代理人米沢多助の上告理由

第一点 原判決には法令の解釈を誤り不当に適用し又は不当に適用しない違法がある。

一、原判決が本訴に於て認定した事実は(一)本訴不動産は大正十二年中上告人の先代亡キタが分家の際亡兄山三郎から贈与を受け、爾来キタ及その相続人である上告人に於て使用収益して来たものであること(二)山三郎は昭和三年一月二十八日死亡し、長男亡栄治が家督相続を為し昭和十八年十月三十日栄治も死亡し戸籍上長男として家督相続人となつている被上告人三郎兵衛は、栄治夫妻の長男でなく事実は被上告会社代表者平野政吉の妾腹の子で、栄治夫婦不知の間に訴外平野忠治郎がその出生届出をなしたものであること。(三)右(一)の贈与の事実は栄治の妻サダヱ及び被上告会社代表者先代政吉もその家督相続人であり、且つ会社代表者の地位を承継した当主政吉もこれを知つていたこと、(四)被上告人三郎兵衛の僣称親権者サダヱとサダヱの実兄である被上告会社代表者政吉と相談の上、栄治死亡に因る三郎兵衛の相続に付限定承認の手続をなし本訴不動産の換価競売の申立をなし被上告会社に於てこれを競売したこと、(五)限定相続に因る本訴不動産等の換価競落代金の残金二万九千円位を限定相続人の法定代理人であるサダヱに於て受領していること等である。

二、上告人が請求の原因として主張している要旨は右の事実を前提として(一)被上告人三郎兵衛の家督相続は無効であるから、本訴不動産に対する三郎兵衛の家督相続を原因とする所有権移転登記も無効である。(二)本訴不動産に関する限り家督相続に因る被上告人三郎兵衛の所有権取得が無効であるから、これが有効なることを前提とする本訴不動産に対する限定相続に因る換価競売の申立も無効である。(三)仮に然らずとするもサダヱは被上告人三郎兵衛の親権者でないのに親権者なりとして為した限定承認及換価競売の申立は無効であり、従つて被上告会社の本訴不動産の競落許可決定に因る所有権取得も無効である。(四)又仮に然らずとするも前記限定承認及換価競売の手続は被上告会社現代表者平野政吉とその妹のサダヱに於て、本訟不動産が上告人の所有なることを知りながら通謀して上告人から之を奪取する手段として、情を知らない裁判所を欺罔し限定承認及換価競売の申立をしたものであるから、被上告会社の本訟不動産の所有権取得は無効であると言うにある。

三、原判決は上告人の前項(一)の主張を排斥する理由として説示する要旨は表見相続人に対し特定の相続財産の承継取得の効力を争う場合でも、相続の無効を理由とする限り一の回復請求権の行使に過ぎないから、真正相続人から家督相続回復の手続に依らなければ之をなし得ないと言うにあるが、之は明らかに旧民法の家督相続に関する法律の解釈を誤つたものである。家督相続の回復請求権は真正相続人が僣称相続人に対し被相続人の有していた身分上、財産上の地位を包括的に自己に回復せしめるものであり、上告人の主張は本訴不動産が上告人の所有であるに拘わらず、被上告人三郎兵衛が家督相続を原因として亡栄治の所有名義であるの奇貨とし自己所有名義に移転登記してある為め、之を亡栄治名義に回復せしめる為め家督相続の無効を主張するもので、之が為めに三郎兵衛の身分上の地位や其の他の相続財産に何等の影響はないものである。若しこの様な主張が許されないとすれば形式上相続財産に属している財産を自己の所有なりと主張する第三者は真正相続人が相続回復の請求訴訟を提起し、それが確定して相続人となる迄は拱手傍観するより外にないことになる。原判決がこの点に関して縷々説明しているが家督相続回復請求権に関する法律の解釈を誤り之を不当に適用したもので破毀を免れない。

四、本訴不動産に関する限り無効な家督相続を原因とする被上告人三郎兵衛の所有権取得が無効であるから、従つて限定承認及その手続として為された本訴不動産の換価競売も無効であるとの前示(二)の上告人の主張に対し、原判決が之を排斥した理由の要旨は三郎兵衛の家督相続は真正相続人から回復を請求されない限り有効であるから、三郎兵衛は本訴不動産の贈与契約の当事者の承継人として受贈者の承継人である上告人に対し登記の欠缺を主張し得る第三者でないので、三郎兵衛の家督相続を原因とする所有権移転登記は登記原因を欠く無効のもので該登記は上告人の為め抹消する義務がある。然し限定承認及本訴不動産等の換価競売は後に説明する様に有効であるからそれに依つて所有権を取得した被上告会社に対しては贈与の登記がない以上、上告人は贈与に因る所有権取得を対抗出来ない。従つてその基礎になる前記無効な三郎兵衛の所有権取得登記の抹消も請求出来ないと言うにある。そして右限定承認及換価競売が有効な理由として説示するところは、被上告会社が本訴不動産等に抵当権を設定せしめて山三郎や栄治に対して金銭を貸附けた債権が有効に存在したこと、及栄治死亡後債務超過の様に見えたので被上告会社の代表者政吉と被上告人三郎兵衛の僣称親権者であり且つ政吉の妹であるサダヱとが相談の上為したものであると認められるから有効であると言うにある。この点に関しては後に反駁するが、仮に限定承認及換価処分の申立が有効であつたとしても本訴不動産が実質上、上告人の所有である事実を被上告会社の代表者政吉が知つていることは原判決認定の通りであり、栄治存命中からその財産整理を引受け死亡後限定承認の手続まで任された被上告会社が登記の欠缺を主張し得る第三者であるとはいえ得ない。即ち後述する様に被上告会社の代表者政吉は本訴不動産が上告人の所有であることを識つており仮に限定承認そのものが適法であつたとしても、本訴不動産を除くその他の財産で相続債務を完済し得たに拘わらず、表見相続人三郎兵衛の僣称親権者で且つ自己の妹であるサダヱと通謀し本訴不動産をも換価競売に附し自ら競売したものであるから、被上告会社は登記の欠缺を主張し得る第三者でない。この様な者が登記の欠缺を主張することは信義誠実の原則に反することであり法が保護する第三者でない。従つて原判決は民法第百七十七条の解釈を誤り不当に之を適用した違法がある。

五、本訴限定承認及換価競売の申立は被上告人三郎兵衛の親権者でないサダヱが親権者なりとして為した無効のものであり、従つて被上告会社の競買に因る所有権取得も無効であるとの前示(三)の上告人の主張に対し、原判決はサダヱが法定代理人として為した右限定承認及換価競売の申立は何れも不適法ではあるが、競落許可決定が確定した以上該決定に因る所有権移転の効力を争い得ないし、且つ被上告会社は競買人として正当な利益を有する第三者であるから上告人は贈与の登記がない以上贈与に因る所有権を以て之に対抗出来ないと説明しているが、無権代理人に依つて為された限定承認及換価競売の申立が不適法であり、且つ正当な権利者に依つて追認されその瑕疵が補正されない限り、これを基礎としたその後の手続即ち競落許可決定も不適法であり当然に無効であつて、取消しを待つて始めて無効となるものではない。又被上告会社が登記の欠缺を主張し得る第三者でないことは前述の通りであるから該競落許可決定が無効である以上、形式上の所有権取得を以つて上告人に対抗し得るものではない。原判決は法律行為や競落許可決定に関する法律の解釈を誤つた違法がある。

第二点 (以下略)

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